生音のしなやかさとオーディオ的デフォルメの交錯する瞬間 – 1

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オーディオ的デフォルメとは?

 たとえば『求心力の強い音』とはいったいどんな音なのでしょうか。それは、聴き手によって大きく異なる、ということを一つの前提にしておく必要がありそうです。というわけで、これからここでお話しすることは、あくまでもわたくし個人の美学にすぎない、とお断りしておきたいと思います。

麻薬的大音量でトリップする

 さて、自分自身のことについて触れる前に、これまで聴いた多くの『他者』の音についての考察から始めたいと思います。まず、大音量派の方々です。わたくしの個人的な許容音圧レベルをはるかに超える爆発・絶叫型のサウンドです。音楽が鳴りやんだ瞬間、キーン、という耳鳴りが余韻をかき消すような世界です。ジャズで、サックスを吹きまくる怒涛の演奏や、クラシックではなぜかほとんどがアンチ・カラヤン派で、とにかくカラヤン以外のコンダクターの作品を、歪や崩壊したバランスの大音量で聴くことで陶酔し、演奏者や音楽と一体になる、という『トリップ』状態になることに快感を感じ、それをゴールとする世界です。音量はほどほどでも…… 『オーディオ的デフォルメ』のなされたサウンドでは十分にトリップできることがあります。たとえばフルレンジユニット1発で聴くナローレンジの世界です。人間の耳がもっとも敏感な帯域が盛り上がった特性をもった世界です。                                                                                                        まず思い浮かぶALTEC-755E、パンケーキ。このユニットで聴く人の声は不気味に妖艶にしてトリップできる麻薬的な世界を展開してくれます。大き目の箱に入れてあげれば低音もよく弾みくっきりしています。まさにオーディオ的デフォルメの極致、と言えるかと思われます。ジャズファンのみならず、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュ、といった往年の偉大なるマエストロの古い録音において、そこそこの音量でトリップできる世界を提供してくれると思われます。出しゃばらないタイプのツイーターで高域を補えば、さらに麻薬的な求心力を獲得できるでしょう。万人向けの美音(当たり障りのない音)の対極にある厳しい世界でもあります。え? 何が厳しいって? 人間の耳に敏感な帯域の解像度、表現力、質感において、でしょうか。

張り詰めた静寂感、緊張感の高い響き

 さらに、響きに『緊張感』を求めるとなると、『生ぬるさ』、『緩さ』、『弛緩した長閑さ』を排除しなければなくなります。映像の助けのない『音だけの世界』では、実はオーディオ的デフォルメは必須、と考えております。 ヴィンテージ・スピーカーはこのデフォルメがお見事、なのです。それでも、部屋との相性といった『偶然』のラッキーに依存するところ大でした。
 ならば、どうしたら『生ぬるさ』、『緩さ』、『弛緩した長閑さ』を排除できるのでしょうか。

《 続く 》

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