音場の雰囲気(と写真)

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 音場の雰囲気の差異を写真の違いに例えて考えてみたいと思います。
Photo-1

Photo-2

Photo-3

Photo-4
 同じ写真でも画像処理の違いでざっとこんな差異を創ることが可能です。これはデフォルメした極端な例ですが、同じ1枚のCDがオーディオシステムの調整如何で似たような変化を見せることがあります。使用するアンプやスピーカーの個性、PEQやGEQのメーカーの差異などが重なって、結果に少なくはない影を落としてきます。使用しているカメラは10年前のLumix DMC-L1です。 オーディオ機器の買い替えは頻繁に行ってきましたがカメラはずっとこれです。細君は仕事で凄い1眼レフを使っておりますが、私は身の程をわきまえてこれで十分と思ってきました。
 個人的にはあとから加える画像処理に面白さを感じていたわけですが、つまるところ、オーディオにおける音弄りと似たところがあるのかもしれません。以前はアナログディスク再生に必要なカートリッジの差、プリアンプ(フォノイコライザー)の差がかなり大きく、それはカメラのレンズや差異以上の違いがあったような印象をもっています。フィルムの差異や現像処理の違い、とくに後者の差異は絶大でした。
 デジカメになってからもカメラの基本性能、使い手の腕前、画像処理の内容が最終的な写真に結果として残されるわけです。シャッターを切ったその日の気分が反映されることもあるでしょうし、まったく違う写真になることもあるでしょう。
 というわけで、ここでは精神論は抜きでいきたいと思うのです。オーディオ機器の調整をしている瞬間の精神状態など過去を振り返ってみればいろいろで、失意のどん底であったり幸福感に包まれていた時もあったわけで、それで調整の仕方が変わったという記憶はありません。
 さて、次の写真です。
Photo-5
 写真をクリックして下さい。そした、拡大ツールでさらに大きくしてみてください。これは細君のカメラ(Canon Eos5D MarkⅢ)を借りて撮った一枚です。どうでしょう、うっすらたまった埃まで写っていることがお分かりいただけるかと思います。オーディオ機器の組合せ、調整の仕方によっては、このような、見たくない部分まで聞こえてしまう、ということがあり得ます。では次の写真はどうでしょうか。クリックして、さらに虫メガネツールで拡大してみてください。
Photo-6
 拡大して始めてはっきり分かる情報量の違い、解像度の差異ですね。オーディオにおいて、こうした引き延ばしに関係するのは音量でありシステム全体の情報処理能力、ということになります。大音量で聴いた時に欠点も見えてくるにせよ、どこまでも細部が見通せるようにしたいのが、アラは見えないマイルドで耳に優しい表現にとどめておくのか、その決断を下す時、実は聴き手の精神と肉体の状態が関係してくる可能性は大いにあると思うのです。疲労困憊していて心に余裕がない時は、ネガティブな現実は遠ざけたいと考えるのがノーマルな反応でしょう。むしろ癒されたい、ほっとしたいはずなのです。
 仕事や人間関係でボロボロになって帰宅して、一杯やりながら聴く音楽が、録音や装置の<不備を際立たせる>ようではもう、ウンザリでしょう。Photo-5で見たくない埃まで写っていた、という事実は、むしろ凄いことで、必ずしも悪いことではないと思いなすことも出来ます。
 写真の比較は、こうして目で見て確認できますが、自分のシステムの調節の過程で起こる音の変化は記憶に頼るしかありません。そう、記憶という曖昧なものに頼らざるをえなくなるところが鬼門です。記憶にバイアスをかけてくるのは目下の感情という下世話で厄介なものかもしれず、無意識のうちにおかしな調整をしてしまう可能性は否定できません。

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